1945年8月15日。以来8月15日は終戦記念日。敗戦、開放、軍閥崩壊、民主の誕生、いろんな立場のいろんな思いが爆発した日であった。
中学生であった私たちの世代は、叩き込まれた神州不滅の大日本帝国なるものが、滅亡するということで、ただボー然としていた。
しかし、すぐに神州不滅の日本などどうでもよくなった。とんでもない食糧難に見舞われたのである。
戦争中は、まだ統制が取れていたので食糧の配給は厳しいながらも続けられていた。敗戦となって無法の状態が生じて、都会では食糧の配給がとまってしまた。
それを政府では遅配といっていた。
遅配が欠配となり、もはや闇市で買うか、買出しに行くしかない、私の家族は去る3月10日の東京大空襲ですべて焼かれてスッカラカン、買出しに行ったてお金のほかに何か交換の品物を持っていかなければ売ってくれない。
そのころの買出し先の農家は鬼だった。
農家の庭先で、這い蹲る中学生の私に、とうもろこしを投げ与えてくれたのをはっきりと覚えている。そのときは神様だったのだ。
それもこれも時代のせい、戦争のせいといえばそれまでだ。
だが・・・人間というもの?
あの時代に、闇太りした奴、肥えた奴、餓死した奴。それぞれの人間の運命だったといえるのだろうか。
むしろいつの時代でも人間のさがは同じと言えはしないか?
いささか考えてしまったが、食糧難の話に戻ろう。何しろ成長途中であるはずの食い盛り、とにかくひもじかった。
朝飯食えば昼飯が待ち遠しい。晩飯食えば朝飯が・・・。しかし、生き延びられただけでもよかったのだ。
配給が始まった。どんぐりの粉や、乾燥した芋の葉っぱや蔓の粉、これらの粉は何しろ固まらない。食い方には苦労した。
葉や茎の粉ではなく、根っこもの、つまり、さつま芋やじゃがいもが配給されてきたときは、ありがたかった。
お米の尊顔にお目にかかれたのは、終戦の日からだいぶ経ってからだった。
ここで、飛んで飛んで・・・
食べ物は勿論のこと、物の有り余る現代のお話。
なぜかウコンなるもののお話をしたい。根っこときて関連付けられてしまった。
ウコンはしようが科に属する、いわば草で、その根っこが尊重されているのである。
私はお酒が好きである。昔からお酒オーバーなので、この年になってやられるのではないかといささか気にしていた。
そして、ついに健康診断の、肝臓を基本とする内臓の健康状態を示す、いわゆるガンマー数値が400を超え、医者に赤信号を出されてしまった。
もうアルコールはお預けかと滅入っていたとき、ウコンなるものを友人に薦められた。
劇的に下がったのである。半年後の健康診断でガンマーが230となっていた。
これは5年前のこと。そのころはまだウコンはあまり知られていなかった。
今は180前後で落ち着いている。これでも相当高いほうだが、なにしろお酒がやめられないのだ。もっともお酒をやめずにすんだのはすごく感謝している。
いまや定評のあるウコン、その効能は内臓改善、がん予防、美肌効果など、今更あげるまでもないが、改めてお勧めしたい。何しろ実験済みである。
ウコンにもいろいろある。
私が扱っているのは、凝固剤以外は余計なものが殆ど入っていない純粋のウコンの根っ子の粉末を精製して固めた錠剤である。
実はウコンを紹介してくれた友人は、わけのわからない湿疹で長年苦しめられ、ウコンに助けられた体験者であり、以来ウコンにはまって、ウコンの栽培農家を訪ね歩いて収集し、純粋のウコンの根っこを粉末にして飲みやすいように錠剤にして自分で飲んでいた。
それを私に分けてくれたのである。これが5年前のことだった。
友人とともに体験者としての自信を持って、メデイカルヘルスのウコンと銘打って、販売にふみっきってはや4年、まだあまり売れていない。
当たり前と思う。小さな町で、印刷・印章・文具のコタカという看板で商売させてもらっている商店で、ウコンとは、宣伝もしないで売れるわけがない。
これから少しでも宣伝することにした。まずこのプログに書いてみた。といってもこの私のプログはこれまた誰も見てくれない。
純粋ウコンの錠剤約500錠(100g)定価3200円。これでもお安いとは思う。
原材料のウコンとは意外と高価なものである。だからいろいろ加工して栄養剤などを混入して、増量しているのが普通である。勿論どれもきちんと表示しているので、ウコン原材料の含有量をほかと比較していただきたい。
万一この記事を見てくれている人がいたら,嬉しいから2200円にして、送料も負担する。ただしこれではまったく赤字なので、一人1点で5名様までとしておく。
初めて商売がらみの記事を書いてみた。反応はなくてもこれからも書いていきたい・・・・と思う街の小さな店の親父である。
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