何を今頃タクシー券i

今を牛耳るIT社会。そんなの関係ない、その昔。

大蔵省主計局。
来年度予算内閣発表ともなると、泊り込みとなる。

椅子を並べて横になる。用意のいい奴は寝袋を持参して、コンクリの部屋の床に寝転ぶ。
本筋は霊安室で仮眠をとるようにはなっていた。

地下に風呂と仮眠室の施設があり、その窓もない小さな仮眠室を、霊安室とよんでいた。
小さいからすぐに一杯になる。そこでどこでもいいから横になれるところで仮眠していたわけだ。

何しろ閣議を徹夜でやっているのだから、何が起こるかわからないので、担当している役人のトップから下っ端まで帰るわけにはいかない。

私なんかは下っ端も下っ端。地下の印刷室の担当作業員だった。それも、コピー器なんて勿論、今をときめくITシステムなんて全然関係ない、ガリ版かまたはタイプ印刷である。
だから今なら誰でも出来る複写プリント作業が、専門家でないと出来ない、というわけで毎回つき合わされていた。夜中だろうが、夜明けだろうが。

終わった! そこでタクシー。タクシー券は気前よくれた。

みんな国のためにやっていると言う自負があるから罪悪感なぞ全然ない。増してや税金の無駄遣いなんていう発想がある筈もない。

終電の前でも、初電があってもタクシー券を貰っていた。夜中にタクシーでいったん帰って、又タクシーで役所へ来た、何てこともあった。
でも、霞ヶ関のビル街にタクシーがとぐろを巻いている風景は全然なかったし、あまり知られていなかったのか、誰も何にも言わないし、マスコミの一矢もなかった。

田中・福田・竹下・橋本大蔵大臣の頃、いやそのずーと前からだったのだろう。
政治屋は利権と権力の争奪に没頭して知識と資料は役人に頼っていた。

議会が開かれるたびに何百ページにも亘る「想定問答」が夜を徹して作られていた。
その時もタクシー券をもらったっけ。

お上といわれる、お役人の治外法権。
大昔からの「知らしむべからず、寄らしむべし」の伝統。
経済発展する中での世間の鷹揚さ。
何よりも、官僚といわれるエリートの頭の良さと反比例する常識とモラルの低劣さ。
上げれば切がない。

何を今頃タクシー券!
おそいぞ!

幸いにも、今やIT社会。
官僚の悪しき慣習を、民に知らしめて、知らしめて、民の声で叩き壊す。
そのきっかけともなれば遅くはない。

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ウンテンシュ ハ シンデモ ブレーキ ヲ  アシカラ ハナシマセンデシタ 

キグチコヘイ  ハ テキノ
タマニ アタリマシタガ
シンデモ ラッパ ヲ クチカラ ハナシマセン
デシタ

これは、尋常小学校修身教科書巻一児童用(大正7年文部省制定)10頁目。
最初のページには、
テンノウヘイカ バンザイ
とあった。

ガス ガキタ キガツイタ ヘイ ハ 
ガスマスク ヲ ツケタ
ダガ ヘイ ハ ラッパ ヲ フク ニンム ダッタ
マスク ヲ トッテ イキ ヲ スッテ ラッパ ヲ フイテ 
シンデモ ラッパ ヲ クチカラ ハナシマセン
デシタ 

これは、大正13年ごろの「第一次世界大戦」のドイツの修身教科書・・・にのっていたかどうか、全然定かではない。が実話とされている。当時の戦場では頻繁にに毒ガスによる戦が行われていた。

キグチコヘイは突撃ラッパ。
全員突撃して死んでいった。

ドイツ兵は毒ガス警報ラッパ。
ほかの兵は生き延びた。

昔、戦場の伝達手段として、ラッパは重要なツールだった。
「死ぬためのラッパ」と「生きるためのラッパ」。
まるで反対の結果ではあった。

今、4月15日。朝日新聞「天声人語」より
「東名高速道路で,大型トラックの左後輪の一つが外れた。重さ100キロのタイヤは中央分離帯で弾み、対向車線を走ってきた観光バスに飛び込む。その日が誕生日だという運転手の関谷定男さん(57)が亡くなった。41人乗りのバスが横転でもすれば大惨事になるところだったが、スーッと止まったそうだ。確かな技量と人柄で、客の指名も多かったという関谷さん。人生の最後にかけたブレーキが、多くの命を救った。プロの仕事である。」

セキヤサダヲウンテンシュ ハ
シンデモ ブレーキ ヲ アシカラ ハナシマセン
デシタ

人は誰でも死ぬ。だが死んだ経験を持った人はいない。死に方の是非を問われても誰も分からない。 

戦争と平和。昔と今。時代と状況の是非を問おうとも、この個個の人達の、死の瞬間に取った責任ある行動は、まさしく賞賛に値する。

この賞賛に値する個個の人達を死なせた責任は、誰が取るのだろう。

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今日もコロッケ、明日もコロッケ・・・。

「今日もコロッケ、明日もコロッケ、これじゃ年がら年中コロッケコロッケ・・・」これは大正デモクラシイ時代の歌らしい。

わたしゃ昭和の一桁生まれ。幼少のころコロッケやトンカツなるものを食った記憶はあるけれど食い盛りの10代には味の記憶は無くなっていた。
つまり「戦争」という奴のお陰で食い物がなくなっちまったのだ。

戦争末期、そして終戦の国民総飢餓時代を何とか生き延びて、再びコロッケにお目にかっかたとき、世の中にこんなにうまいものがあったのか、と感激した。

うまいけど、めったに食えるものではない貴重品であった。

「牛肉コロッケ」

その時代のコロッケは牛肉どころか肉なんて入っていなかっただろう。肉が入っていようがいまいが関係ない。気にもしなけりゃ分かりもしない。ただありつければ良かったのだ。

当時雲の上のコロッケも、今やいつでも食える有難い時代である。
いつでも食えるように冷凍してあって、そこに賞味期限、つまり期限が来たら捨てちまえ、という命令書が食品衛生法にのっとってついていて、国民の健康を守っているという有難い時代である。

「ただ、ありつければよかった」という, 我ら古い世代の人間は、どうにももったいないという気持ちが先にたつ。数字を見て捨てちまうという、うちの嫁さん世代の母ちゃんたちの衛生観念は、どっか狂っているんじゃないか。

ところが喜ぶべきことに、現代でもこの古い世代に賛同して、命令書の数字を書き換えて「もったいない」精神を尊ぶ若い世代の人間が現れた。

雪印乳業・不二家、そして今度はこのコロッケ物語の主人公。
オットこれは人間ではなかった。マゼりゃわかランと、マゼラン海峡を通り越してきた金儲けには手段を選ばないミート・ホープとか言う化け物だ。喜ぶべきどころか即刻退治しなけりゃならない。

現代の短期集約的成り上がり金儲け成功者は、必ず、ITやマスコミを利用しながら人を騙して儲ける手法に長けている輩である。ホリエモン株、コスモ御殿、穴掘り爆発、そしてミート・・・・。

踊らされてあげ奉っていたIT信奉者やマスコミは、一旦緩急あればあわてて消費者の味方、悪者の訴追者となる。現代の全く単純な図式である。

ところで、ミート化け物ウソツキ社長の言。
「販売店も悪いし、半額セールのようなものを買う消費者にも問題がある」

こりゃ、「ウソからでたマコト」といってもいいだろか?

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爆発・・・空襲かと思った

大都会のど真ん中の大爆発。
「空襲!」「爆弾か飛行機が落っこちてきた」かと思った。

すぐ近所に住んでいる川中美幸のおふくろ、84歳のおばあちゃんが咄嗟に感じたという。
アナウンサーのコメントで「おばあちゃんの発想ですねえ」といっていた。

私も年寄りである。大都会に住んで何十年もたち、日常は全く忘れているのだが、あの大空襲の惨状は折に触れて眼前に沸き起こることがある。いわゆるトラウマとなっているのだろう。

そのトラウマが渋谷に出てきたのだから、こりゃ大変な騒ぎになったに違いない。

今は昔、「渋谷」といえば私のガキのころの70年前、電車がビルから出てきて地下にもぐり、またハチ公物語の原産地として、すでに全国的に有名だった。

道玄坂や恋文横丁、ターミナルデパートや映画館、その間に連なって飲食店や専門店・名曲喫茶などが建ち並び、結構便利で賑やかな盛り場ではあった。
そしてまた、賑やかながらも、松涛や広田などの高級住宅地を控え、おっとりとして落ち着いた郊外の雰囲気もあった盛り場だった。

いまや、乱立する高層ビルの上から見ると地面が見えないくらいの人ごみと、道路に座り込んでいる浮浪者もどき、真っ黒けの顔に目玉の縁を白くした人種不明の化け物もどき、ビルの谷間の迷路と相まって、とても年寄りが昔を懐かしんでいけるような街ではない。
実は、この間、爺婆で、知ったかぶりして出かけて行って迷子になり、追い出されるようにして逃げ帰ってきたばかりである。

その渋谷の松涛に「空襲かと思った」という爆発が起きた。
来るべきものがきた。
「亡くなった方、怪我した方はお気の毒」「運が悪かった」
と言えるだろうか。明らかに人災であり殺人である。

東京の中心地のひとつ、「渋谷」。「丸の内・新宿・池袋」とともに、象徴としての全国民の共有地、公共の地と言っても過言ではない。
その渋谷の街に何で2キロも穴ほじくって天然温泉が必要なんだ。
爺婆は温泉大好きだが「渋谷」で温泉に入るなんて考えつきもしない。

象徴公共一等地に、金儲けだけに走っている金持ち資本家が、金持ち相手にエステとか美容とかと宣伝して、屋上屋を重ねて無茶苦茶なことをしていた結果殺人までもしてしまった。
と言うほかあるまい。

開発だ。有効利用だ・・・と便宜性や経済性ばかり、つまり金儲けだけを求めて発展する盛り場なんていらない。
昔の「渋谷」を返せ!

このままではやがて、ほんとに「爆弾か、飛行機」が落っこちてくる。

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児童殺人事件・・ほっとけない!車社会。

川口市小鳩保育園児童交通事故・・殺人事件。

盛山陽南子、小山内夢乃、平井萌奈。3人の死亡児童。親の悲痛。血の涙。
陽南子、夢乃、萌奈ちゃん・・それぞれ今時のかわいい名前である。
親御さんが一生懸命考えて名付けた誕生時の状況が偲ばれる。

車が子供を殺した。

車とは何だ。
現代社会の物流のスピード。北海道のイクラが、広島のカキが、その日のうちに食卓に並ぶ。車は今の生活になくてはならないものになっている。

そして、車は凶器と言う。

しょうがない。車を運転してもいいと言う人間を徹底的に絞ろうではないか。

今は・・・2ヶ月程度の運転教習。バックオーライ、入庫教習、街路教習。居眠りしていても規定時間の授業教習を受ければよい。
厳しいはづの免許試験。インスタントのガイドブック。○×式の適切なる指導書・・など。
ほとんどの受験者が合格する。

現代の車社会は、みんなが運転資格者とならないと成り立たない・・・と車社会全体の組織ぐるみで考えられているようだ。

運転資格者は「自覚を持った、(人)を思う(人)」でなければならない。
免許試験は、技術だけではない。「人」をも「試験する」ことをしなければなるまい。
どうしたらよいのだろう?

「人」を思う「人」に「人」が「人」を教育する。これは至難なこと。これこそ次の時代を創る源であることだが・・・。

これは永遠の課題であろう。

仕方がない、今現在運転してはいけない人物像をあげて見よう。
(勿論身体的障害者は別として)

酒好き。喧嘩早い。キレル。自己中心。我がまま。独りよがり。法律無視。非協調。
運動神経鈍・・etc.

これはきりがない、運転資格者などいなくなってしまう。
改めて思う、車を運転すると言うことは大変なことなのだ。

ドライバーの方々、どう思われますか?

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私の王子様・・・喜び・・悲しみ・・。

王子様。

ふんどし王子でもハンカチ王子でも、憧れの人を思うのは幸せであり、平和である。

我が家の子や孫が、すばらしい王子様。
と思うのも幸せであり、平和である。
親が王様でなければ、子が王子様であるはずがないが・・。
親ばかで結構。
日々その王子様にかしづいて、幾星霜。

慈しんだその王子様がある日突然いなくなる。

たった今、川口の小鳩保育園の自動車突っ込み事故で重態だった児童が亡くなったとの報道。
3人目の死亡児童である。
未来ある亡くなった児童の無念さは勿論。
親御さんの悲しみは如何ばかりか。

私の住居の程近い地域で起こった事故であり、なおのこと身にしみる。
私はすでに孫8人の老人。
孫にもしものことがあれば、身代わりになりたい。
同じ思いであろう親御さんの悲しみが痛いほど身にしみる。

車などこの世からなくなってしまえばいい。
と思うほど・・。

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敬老の日・・ばあさんが死んじゃった。

敬老の日に、認知症の老妻を殺して、首をつって自殺した老夫。
というニュース。どんな事情があったにせよ、どうにもやりきれない。

この日丁度会った知人が、「俺の妻は半年前に自殺した、ガンと言われて精密検診に病院に行く前日だった」

「台所で手首を包丁で切り、洗い桶の水の中に突っ込んでいた。あたり一面血の海・・・。ただ呆然として、何がなんだか分からなくなった。」

まさしく覚悟の自殺だったのだろう。だが、ガンと言われても、今後の闘病について話し合っていて、そんな気振りは感じなかった。

と、知人は涙を流していた。

72歳。息子たちも立派に独立した。リタイア後の人生は、苦労をかけた妻をねぎらいながら、ともに生きてゆけると・・・と思っていた。
と言うのである。

ニュースの中の老夫も、立派な長男夫婦と同居していたと言うことである。

死ぬと言うことは、よほどのこと。考え思いつめてのことだと思う。
だが、どんな事情があるにせよ、残された人たちの気持ちはいかばかりか。

死んではならない。ましては老人は、自分勝手に死んではならない。自然体で死を迎えればいい。

悔やみ悲しむ人が廻りに必ずいるのだ。

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